生物多様性「大家族」戦略

今年は国際生物多様性年     (※ 2010年に発信したものです)

今年は国連の国際生物多様性年に当たり、生物多様性条約の第10回締約国会議が名古屋市で開かれることになっています。私達「大家族」にとっては目を離せない動きです。

『複合汚染』

有吉佐和子さんの『複合汚染』が新聞に掲載されたのが1974年〔昭和49年〕から1975年にかけてですが、その中では食物連鎖や汚染物質の生体濃縮について、おそらく当時の新知識として紹介されたと思われますが、生物多様性については何の言及もなかったように思います。

日本に農薬や有毒な重金属が環境にばら撒かれて海や山、空や川や田んぼなどが汚染されるようになったのは早くは1900年の初めに遡りますが、生物に深刻な影響を及ぼすようになったのはやはり戦後になってからです。覚えやすいように言うと、生物多様性の危機は、国民が頭の上からDDTを撒かれた辺りから「本格化」しています。

『沈黙の春』

そして、最初の危機が人体に病気や奇形、奇病,精神病などの形で現れたのが1960年代からです。レイチェル・カーソン女史による歴史的名著『沈黙の春』は1962年に発行されています。『複合汚染』より12年前のことで、今からほぼ半世紀前のことになります。日本でもアメリカでも生命の危機に敏感なのは女性だということは知っておかねばなりませんね。今は、世界中の生き物の生命が危機に瀕している時代です。そのときに男性はちょっと黙っていたほうがいいかもしれない。女性にも鈍感な人がいるでしょうが、感受性の高い女性について、母性豊かな女性の生命感覚でやっていたほうがずっといい。私は男ですが、あえてそう言いたいと思います。

「沈黙」し始めた春

さて、半世紀たった今、その一ページ目に書かれている「寓話」が次第に現実のものとなりつつある。「寓話」とはそもそもありもしないばかげた話だが、何かを諭すための話だろう。それが現実化してしまったら、どう考えればいいのだろうか・・・・・。

「ところが、あるときどういうわけか、暗い影があたりにしのびよった。いままで見たことも聞いたこともないことが起こりだした。若鶏は分けのわからぬ病気にかかり、牛も羊も病気になって死んだ。」

確かに死んだぞ。なぜカーソン女史にはそんなことが予測できたのか。いや、しかし、私達は鳥インフルエンザの原因も、狂牛病の原因も知っているぞ。しかし、だからと言って、それがどれだけの意味を持つのだろうか。

「農夫達はどこの誰が病気になったと言う話でもちきり。」

それが有吉佐和子氏に『複合汚染』を書かせる大きな動機となった。カーソン女史のその予感はたちまち現実化したのだ。

「町の医者は見たこともない病気に戸惑うばかり。そのうち、突然死ぬ人も出てきた。何が原因か、今もって分からない。」

確かにそうなった。しかし、ちゃんと病名だけはつけてあって、新種のオンパレードだ。表面的に分かった振りだけはしてるぞ。例えば、○○症候群ってやつがそれだ。

「自然は沈黙した。薄気味悪い。鳥達はどこへ行ってしまったのか。」

いや、まだ沈黙はしていない。スズメもたくさんいるじゃないか。メジロもヒヨドリもシジュウカラもキジバトも。しかし、実際は、スズメは激減してるそうだ。近くの沼が公園になったら、いつの間にかツバメがすっかり消えた。子どもの頃夕暮れ時に集結した夥しいツバメのけたたましい鳴き声でそばを通るのが恐かったほどだったのに。

「今はもの音ひとつしない。野原、森、沼地 ― みな黙りこくっている。」

いや、そんなことはない。しかし、確かに田んぼにいても、カエルの声が非常に少なくなった。小魚は農薬で毎年全滅だ。野原なんて、そもそもなくなってしまった。トラクターで頻繁に耕される黒い大地が砂漠以上の砂漠だなんて、誰も知らない。畑には虫も小動物もあまり見かけない。森、森は幸いまだふんだんにあるが、暗くて鳥のさえずりはあまり聞こえない。自然は静かでおとなしくなった。

「りんごの木は溢れるばかり花をつけたが、耳を澄ましてもミツバチの羽音もせず、静まり返っている。花粉は運ばれず、りんごはならないだろう。」

え、まさか。どうして女史はそんなことを見通していたのか。いや、寓話だから書けたのか。今、世界中でミツバチが失踪して、静けさが、いや、やはり「薄気味悪い沈黙」が春の野山を覆いはじめているのだ。私の畑でも菜の花が咲き乱れている。しかし、毎年ぶんぶんとやたらうるさかったミツバチは今年は数えるほどしかいない。まさか・・・

生物貧弱性が覆う日本の国土

畑でも田んぼでも生物多様性はすでに相当犯されているのは間違いない。生物貧弱性が目に見える。後どれだけ犯されれば、田畑の「自然は沈黙」してしまうのか。残された時間は多くない。なぜなら、生態系のあちこちが破損している今、その屋台骨がもう一つ折れれば、生き物を囲って守っている屋台の屋根は突如として完全崩壊しかねないからだ。空を真っ黒に覆うほどありふれていたアメリカリョコウバトが絶滅したのはまさにそのような突然の出来事だった。

「大家族」は行動する環境団体

大家族が『生き物との共生』を目指す理由はここにある。正確に言うと、単に今いる生き物達との共生だけではなく、田んぼ環境の再生、すなわち、湖沼生態系の復活を通して、畑では草地生態系を復活させて、その生態系に生息した生き物達の中で、まだ絶滅は免れてはいるものの、青息吐息でひっそりとどこかで生きながらえている生き物を復活させたい。殺され、虐げられ、無視された無数の名もない生き物達に棲家を与え、元気にさせたい。そして、少しでも生物貧弱性を改善して、できるならば生物多様性に繋げていきたいものだ。それが「大家族」という会社が行う農業の大きな目的の一つだ。

まずは田名の田んぼ環境再生

私達は幸運にも田名の耕作放棄地の一角約2反(2000㎡)を地続きで借りることができた。そこは背後に森が控え、湧き水が豊富に流れて、小さな小川となり、手前にある八瀬川に合流している。小さいながらも谷津田の環境にある。そこにはかつて貴重な動植物も生息していたが、長い間の田んぼの消滅によって、生き物達は散り散りになってしまっている。あるいは種が休眠した状態にある。

私達は去年から10数年ぶりに放棄された田んぼを再生して、そこで稲育てを始めた。5枚の田んぼは冬季湛水して、沼地化してある。今年は八瀬川と田んぼを魚道で結び、さらに湧き水から川まで生き物が自由に行き来できるようにして、冬を越すことができる深めの沼もこしらえて、真に水辺の生き物に優しい田んぼ環境を創造していきたい。そして、後は淡々と米作りにいそしんで、生き物のことは自然に任せて、生き物のベッドタウンとなった所にどのような生き物が戻ってくるか、棲み付くか、静かに腰をすえて観察していきたい。

きっとその場所の生物貧弱性は解消できると思う。今なら、まだ間に合う。そんな気がしている。

以上

 

追記(2014年9月18日)

冬期湛水をしたその水田には絶滅危惧種IB類に属するホトケドジョウが復活し、今では大繁殖している。神奈川県内の田んぼでは非常に珍しいそうだ。  (小川 )

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