49%の絶望と51%の希望

                   2008.1.7

                         小川 誠

第1章

利己的な欲望が未来を絶望的にする

地球温暖化は世界の共通認識になった

ブラジルで世界初の地球環境サミットが開かれたのは1992年でした。それによって、世界の人々は環境問題が地球規模で起こっていることを知らされました。それから、13年後の2005年はアメリカで巨大台風カトリナが甚大な被害をもたらした年ですが、その年は地球温暖化が世界の人々の共通認識となった年ではないか思います。その年に、世界中の国々が温暖化は自然現象ではなくて、人為によってもたらされ、今後一段と加速化する、地球規模の、人類の生存を脅かす深刻な問題だという共通認識を持ったのです。

温暖化情報タブーの封印が解かれた

私が見る限り、その前と後では大きな変化が見られるような気がします。まず世界の異常気象に関する情報が様々なメディアでどんどん提供されるようになりました。まるで封印が解かれたかのように。そして、政府や国の指導者も積極的に温暖化防止について発言するようになりました。  地球シミュレーターが50年後、100年後の、ぞっとするような地球の姿を予測して教えてくれるようになりました。そして、人々は「温暖化は待ったなし!」という言葉をあちこちで見たり、聞いたりするようになりました。こういった変化は好ましいものであり、温暖化阻止に向けて、日本はやっと国を挙げて真剣に取り組みを始めそうな気配が出てきました。

『地球はあと10年で終わる』

しかしながら、現実に目を向けると、京都議定書の

議長国でありながら、日本が公約した2012年までにCO2を6%削減することは達成不可能なばかりか、すでに+8%と、相変わらず温暖化促進路線を踏襲しているのは周知の事実です。便利、快適、効率的、清潔が当たり前の現代生活に慣れてしまった私たちが温暖化を促進していることは知っていても、そう簡単にそのような生活様式を切り替えるのは簡単ではないと、だれもが認めるところです。政府も口先とは裏腹に実際にやっていることは相変わらず経済成長優先、つまり、CO2排出増加是認の政策の継続です。

 しかし、この地球は文字通り「待ったなし!」なのです。今年の1月に出版された本で、『このままでは地球はあと10年で終わる』(洋泉社)という本をつい最近手にしました。その冒頭には太文字で次のような文章が載っています。

「 手遅れ? 

  それとも、まだ間に合う ?

脅しなどではなく地球は今、未曾有の危機に直面している。地球の平均気温が、あと摂氏二~三度上昇するだけで、パニック映画のような地獄が地球にもたらされることになるからだ。

 この警告は、地球温暖化研究の第一人者である

NASゴッダード宇宙研究所のハンセン博士によってなされたもので、人類の努力によって地球温暖化を阻止できるのは後10年。何もなされなければ、その後は、どんな手を打っても破滅への道を回避できなくなるというのだ。」(P.14)

どうしてそうなるのかがこの本では詳しく述べられています。その中からほんの一例だけを挙げれば、西シベリアの巨大な永久凍土は7000億トンものメタンを封じ込めていますが、すでに融解を始めていて、ある科学者によるとその温暖化プロセスは「すでに不可逆だ」そうです。ご存知のとおり、メタンはCO2の20倍以上の温室効果がある物質です。また、別の憂慮すべき事実として、IPCCの最新の報告で2050年には北極海の氷が夏場には40%は解けてしまうとされていますが、なんと既に今年の夏それが現実になったというのは、新聞でも報道されました。

温暖化は加速化し、人類はモタモタ

このように、私たちの認識を覆す、温暖化の新しい事実が次から次へと出ているのが現状です。“封印”は解かれたものの、まだまだ未解明のことは多く、現実は私たちの想像を超えたところまで進んでいるのが実態と考えおくべきではないかと思います。そして、温暖化の進展が加速度をつけ始めているのに対して、私たち人類の対応の遅いことといったら、目を覆いたくなるばかりです。

 京都議定書の後をどうするか、やっとアメリカが重い腰を上げたと思ったら、今度はリーダーシップ争いを展開しそうな気配ですが、先進国同士の間だけでなく、開発途上国との間でも議論の溝は当分は埋まる見込みもなく、モタモタしていれば、あっという間に

最後の「待ったなし!」の10年は過ぎてしまうことでしょう。『国の理想と憲法』でもこのような国家エゴイズムがぶつかり合っている限り、人類が抱える未曾有の問題を根本解決することは不可能だと述べていますが、全くそのとおりでしょう。

人類は地獄を見る

「『地球は金星のような灼熱の星になる』。こんなショッキングな予言が、理論物理学者の世界的権威であるスティーブン・ホーキング博士の口から飛び出したのは2006年6月21日、北京での講演中のことだ。最近の環境問題についての意見を求められた   ホーキング博士は、『大変な危惧を抱いている』と述べた後、『(このままでは)地球の表面温度は250度Cに達し、硫酸の雨が降るだろう』と予言したのだ。」

(同書、冒頭 P.16)

悲しいことですが、私は今後年を重ねるごとにこのような悲観的な予測や見通しがあちこちから出されることになるだろうと、覚悟しています。もちろん、私自身がその“不都合な真実”の中でのた打ち回る可能性が十分あることも覚悟しなければと、自分に言い聞かせています。いつどこで、どんな場面でそのような事態に陥るのか。様々な可能性があると思います。そういう想定をするのはもちろん楽しいことではありません。しかし、私は意外とドライで、起こるであろうことを見すえることはさほど辛くはありません。日本人は総じて事実を見詰めて、そこから未来を冷徹に見通すよりも、「しかたがない病」になって、適当にしか考えない人が多いですね。そうやって自分達の子や孫の未来を確実に奪っているのです。ですから、私たちの孫の世代はいつの日か修羅場と化した日本の大地の上で、我々の世代を指差して、「刹那主義、快楽主義におぼれた歴史上最も無責任で、愚鈍な世代」と徹底的に非難することでしょう。

利己的な欲望が未来を絶望的にする

温暖化ばかりでなく、温暖化をもたらしている様々な環境問題や、それと複雑に絡まって、世界には水、エネルギー、食糧、貧困、飢餓、テロと戦争や紛争、エイズ、感染症など、実にさまざまな難問が山積しています。世界経済もその脆弱さが露呈しています。ですから、これからの世界は何をきっかけに連鎖反応が起こって、地球規模で未曾有の緊急事態が発生するか、その可能性は間違いなく高まりつつあり、しかも予測が困難になってきています。

それもこれも、その根本原因を探れば、20世紀の資本主義経済が人間の利己的な欲望を大胆に開放したことにあると思っています。それまではどの社会でもそれなりに宗教や共同体や地縁血縁の絆などによって人間の欲望は随所でブレーキがかけられていたために、欲望が暴走することはまれでした。ところが現代は世界中で欲望と欲望が激しくぶつかり合い、頻繁に暴走しています。とりわけ、金(かね)に対する飽くなき欲望が人間社会を秩序立て、自然生態系を守ってきた倫理や道徳を片っ端から破壊しつつあります。その欲望と利己主義(エゴ)にブレーキをかけられない今の世界は、必ずや近い将来破局を迎えるに違いありません。利己的な欲望の対極にあるのは、利他愛と共生本能ですが、それが欲望に取って代わらなければ、そのような破局は何度でも起こって、人類社会を壊滅させることでしょう。そのとき地球環境はぼろぼろで、地球の生物も絶滅に瀕していることでしょう。

皆さんは、あと10年以内に、人類は根本から変わることができると思いますか。

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